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フグ料理、始めてます。

日中は、まだまだ暑い日がありますが、

朝晩は、だいぶ涼しく、いや、肌寒い日さえあります。

秋になり、食材も豊富になってきました。

  

先日、トラフグの初セリの模様がテレビで映っておりました。

今年も、トラフグコース初めています。

フグコース…ふぐ皮ポン酢、てっさ、てっちり、から揚げ、雑炊。

       国産養殖、1キロ以上の物を、使用。

       税込5,000円

フグ、おまかせコース…突き出し、ふぐ皮ポン酢、てっさ、てっちり

              白子、から揚げ、雑炊。

       国産養殖1、5キロ以上の物を使用。

       8,000円~(お尋ね下さい)

  

フグコースでも、十分納得して頂けると思います。

おまかせコースは、使用するフグの大きさが変わってきます。

養殖のフグは、目方によってフグの単価が変わってきます。

大きなフグは、切り身にしても肉着きがよく、さらに食べ応えがあります。

白子、まだ季節的には早いですが、御希望なら何とか手に入れます。

また、天然ものも取り扱っております。

時価にはなりますが、(仕入れ状況による)

お気軽にお尋ね下さい。

 

近頃、居酒屋さんなんかで、

フグも大変安く食べることが出来るようになりました。

スーパーなんかにも並ぶ事があります。

そのほとんどが、中国産であったり、小さなフグであったり。

調理する過程にも美味しくなるこだわりがあります。

ひさとのフグを食べてもらって、ぜひ、違いを確かめて下さい。

  

鍋ものは(フグ鍋も含む)前日までにご予約下さい。

Photo

  

             

自伝。 学歴

今から思えば、あの頃はほんと、楽しかった。

もちろん当時は楽しいなんて思って過ごしてはいなかったと思う。

ついこの間、中学生だった少年が経験することは刺激が多かった。

こうやって昔の事を思い出していると、書きたい事がいっぱい出てくる。

  

パチンコを知ったのもこの頃。

仕事は、毎日9時半には終わる。

先輩たちと駅前のパチンコ屋さんまでダッシュ!

毎日20分ほどパチンコを楽しんだ。

(当時はパチンコ屋さんは22時まで)

  

今みたいに携帯電話のなかった時代。

彼女に電話するのは公衆電話。

「○○さんのお宅ですか?○○と言いますけど○○さんいますか~?」

最大限に緊張する時!

同期の高卒の先輩Aさんとよく、2つ並んだ電話ボックスに行ったものだ。

  

もちろんメールもない。

郵便物は寮には届かない。

お店に届いて、調理場に。

社長が、「○○、女の子から手紙や~」

と、調理場にいるみんなに聞こえるように、冷やかしながら渡してくれた。

その年は、A先輩と僕が手紙が届くのがだんぜん多かった。

ちょっとしたライバル気分だった。

 

卒業してそんなに月日のたたない頃は、お店の裏に

同級生の女の子もよく訪ねてきてくれた。

多分だが、高校に行っていない僕に、

高校生の女の子たちはあこがれみたいな物があったんだろう。

  

お酒をおぼえたのは二年目(16歳)

一年が過ぎ、やっと僕にも後輩が入ってくる、と、思うもつかの間、

この年入社した人たちは皆高卒で、4人。

学年でいうと僕より2つ上。

料理学校卒の人もいて、その人は3つ上。

後輩といえば後輩だけど……

  

先輩づらしてるつもりはなかったけど、喧嘩になることもあった。

  

そんな中、一人と仲良くなった。

今でも年賀状のやり取りをしているT君

その子はすでに酒飲みで、その子にお酒を教えられた。

居酒屋デビューもその頃。

焼き肉屋の「生ギモ」(レバ刺し)、

居酒屋で「カキフライ」

どれも初めて食べる物。

寮で、日本酒をラッパ飲みしている写真、今でも懐かしい。

  

当時流行っていたディスコにも連れて行ってもらった。

お金はある。退学はない。

どこえでもついて行った。

同級生は学生。

同級生より大人の世界を早く経験した。

  

そんな中、一つだけ不満があった。

僕と同期の先輩、(結局2人残った、したがって僕が入社した年は3人)

AさんとHさん。

お店側や料理長は、同じ年に入った子でも、

中卒と高卒というだけでかなり差をつけた。

給料は、Aさんたちの方が1万円多かった。

それは、納得が出来た。

それ以外、簡単にいうと2人は、1年目にしなければいけない下働きを

ほとんど僕にさせていた。

入社2年目からスタートしたようなもの。

もちろん、2人がそうさせたんじゃない。

僕は、自転車で出前、掃除、ゴミだし、野菜の皮むき等々

先に書いたような仕事。

その頃2人は、大きなまな板の前で、前掛けをしてタイやハマチ、

いろんな魚をさばく練習をさせてもらっていた。

調理場で働くほとんどの人が、僕だけをボウズあつかいしていた。

  

今から思えば、あとにも先にも中卒という低学歴で損をしたのはこの時代だけだった。

逆にいえば、この後の人生~今まで、中卒というハンディは感じた事がない。

中3の時思った、「この世界は学歴は関係ない。」 正解と言えるだろう。

 

同期の先輩、Aさんとは今でもなかよし。

今は、料理人ではない。

結局、僕と同期(高卒の先輩も含む)で、いまだに料理人をしてるのは僕だけ。

あの時、学歴で差をつけられた僕は、次の年大きく飛躍することに。

 

続く…

自伝。 修業?雑用?

次の日の朝、先輩に連れられて

当たり前のように8時半に出勤……

え、10時からちゃうの???

たしか労働時間は10時から19時までの8時間(1時間休憩)のはず……

この業界では、労働基準なんかあってないようなもの。

もちろん、2日目から閉店までお仕事。

夜7時になっても社長は声をかけてくれない。

それどころか、出勤時間8時半は、あくまで定時。

婚礼シーズンの土日なんかは、朝4時、五時起きなんてあたりまえ!

そら、みんな逃げ出すわ~~…

 

でも、なぜか僕は居心地がよかった。

逃げ出したいとか、やめたい、という気持ちになったことはなかった。

帰る家がない、というのもあったが、

車好きだった僕は、同期の高卒の先輩たちと車の話をするのが楽しかった。

それだけではなく、土曜日の夜になると、神戸の当時走り屋さんたちが集まる場所に

よく連れて行ってくれた。

大人と十分車の話が出来るほど知識があった僕は、先輩たちに大変可愛がられた。

  

 

仕事はと言うと、とにかく掃除。

朝から晩まで掃除、かたずけ、洗い物、掃除、ゴミだし、掃除。

すこし慣れてくると、出前、桶下げ、まかない(板場の食事)の買い物。

でも、まったく包丁を触らせてくれない訳でもなかった。

野菜の皮むきや、野菜のヘタをきざんだり。

胡瓜や人参のカツラむきは意外と早くおぼえた。

  

食事についてすこし話そう。

はっきり言って、とんでもなかった……

朝ごはん、大きな鍋に味噌汁が作ってある。それだけ。

まあ、ないよりましだし、ご飯と味噌汁があれば立派な朝食。

だが、朝ごはんの時間は設けてなく、手のあいた人から食べていくというシステム。

もちろん、上の人が食べないと僕らシタッパは食べれない。

15歳の食べ盛り、朝食にありつけることはめったになかった。

洗い場のおばちゃんが、たまにおにぎりを作ってくれて、

それを隠れて食べるのが最高だった。

朝早く出勤した時は、(4時とか5時出) カップラーメンが出てくる。

まず、麺を食べ、残ったお汁にご飯を山盛りいれてかっこむ。

最高のご馳走!

先輩たちがラーメンを食べ終わるまでにご飯まで食べていた。

  

昼ごはん、おかずはたいてい一品。

それも、え!、というような粗末なもの。

た~~んまに、トンカツの時がある。

でも、パン粉をつけるのに卵を使わず、小麦粉だけでパン粉をつけるので

めちゃめちゃかたいトンカツ。

そのうえ、ソース、ケチャップ、マヨネーズは使用禁止!

(在庫は山ほど置いてありますが…)

おかずがなんであれ、つかえる調味料は醤油のみ。

それでも、トンカツの日はうれしかったな~~。

上の人たちは、家からノリの佃煮とか漬物、色々持ってきてたみたいだった。

夜ごはん、

夕方になると、僕が社長から1、000円もらって買い物に。

夜ごはんは、寮にいる10名分だ。

10人分で1,000円、すなわち一人100円。

野菜のくずを使い、毎晩おかずを考えてた。

  

まあ、こんな感じで僕の板場の修業(雑用)はスタートした。

今から思えば、最初のころは怒られることもなかった。

たぶん、だれも僕が続くとは思ってなかったんだろう。

すなわち、期待もされず相手にもしてなかったという事。

一人を除いては…

 続く…

運動会。

先日、次男の保育園の運動会がありました。

実は、今回の運動会、「白浜和太鼓」という大役を仰せつけられてまして、

毎朝厳しい練習をこなしてきました。

なんども怒られて「泣きそうになってました」と、先生に聞かされてました。

本番、大丈夫やろか~~

不安なのは親だけ。

P1000519

見事!!大成功!!!

いつもは垂れ目なのに、この時ばかりは目がつりあがってました

子供の成長には感動させられます

  

かけっこも一等賞でゴールイン

  

おどりのプログラムもなんなくこなし、

最後は、毎年恒例の「祭り」

 

4本の幟に4基の屋台(子供たちの手作り)

子供たちは、はちまきにたすき、腕守りをして、

「ヨーイヤサー、ヨーイヤサー」と、大きな声で練り歩きます。

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運動会は大成功!

 

子供の頑張りに、お父さんも刺激をうけた一日でした。

お休みのお知らせ。

明日、9月21日(火曜日)は、

20日(月曜日)の代休のため休ませて頂きます。

よろしくお願いします。 o(_ _)oペコッ

自伝。 初日

入社初日、社長に連れられ調理場へ。

この年入った新人(ボウズと呼ばれる)は、

高卒組3人、中卒組3人、計6人。

高卒組は一週間先に入社していた。

広い調理場にたくさんの人たち。

怖そうな板前さん、第一印象だった。

働く時間は、朝10時から夜7時までだと聞いていた。

今から思えば「そんなわけないやろ~」と、思えるが、

当時は信じていた。

 

あっという間に(時計ばかり見ていたが…)午後7時。

社長が「ご飯食べて寮に帰りなさい」と、声をかけてくれた。

調理場の片隅でご飯を食べ、荷物を持って寮へ。

寮は、お店の向かい側。

4階建ての立派な寮だった。

二階にリビング(30畳位)お風呂、洗濯場

3階、4階が部屋になっている。

 

僕らは、お風呂にお湯を張り一番風呂。

これが、あとで問題に…

部屋割りは、寮長が一人部屋、

あとは、先輩後輩一人づつの組み合わせで2人部屋。

僕らは、中卒組3人一部屋。

布団を3枚並べて横になり、学生時代の武勇伝を語り始める。

なるほど、ろくなやつはいない……

(のちに、2人はすぐにやめてしまった。というか、消えてしまった…

夜逃げみたいに。と、言うわけで一人部屋ゲット!!)

9時を過ぎると、先輩たちが続々と戻ってくる。

寮には10名住んでいる。

 

しばらくすると、先輩2人部屋に入ってきた。

一週間前に入社した高卒の先輩だった。

僕らが風呂を済ませたのを知ると激怒!!!

一番風呂は寮長だと決まってるらしい。

そして、上の先輩から次々とお風呂に。

したがって、僕らは一番最後。

今思えばそれも当然の事。

寮長に謝りに。

とにかく怒られた!!!

  

その2人に、寮でのルールを聞かされた。

一番先にお風呂の湯を入れること、テレビは部屋には持ち込み禁止、

暖房器具もダメ、門限は23時30分、他にもなんやかんやと言われた。

そして寮長がメチャメチヤ怖くて厳しい…と。

いろいろ話をしていると、11時半、

ドンドンドンドンドン(足音)…ガチャン(戸がしまる音)!

先輩「さあ、リビングにいこか!」

??????

なるほど、寮長は11時半になると寮の玄関に鍵をかけ、自分の部屋に戻るようだ。

僕らがテレビを見れるのは11時半以降なのか…

リビングに入ると、今度はパンチパーマのイカツイ人が……

5歳年上の先輩。

寮長の付き人なのか…???

寮長の紹介をしよう。

僕より9歳年上のその人は、

高校時代、当時有名だった不良の集まりの学校の総番長!

ボタンのシャツにラメ入りハラマキ、婦人用のサンダル、頭はアイパー。

マンガに出てきそうなキャラクタ~…

寮のみんなも怖くてまともに話をしたがらない。

そんなイカつい人が、僕の、のちの人生を大きく変えることに…。

続く…

自伝。 始まり

お客さんに、よく、仕事の経歴を聞かれます。

「どこで修業したん? 何年くらいしてるの?」

時には「京都で修業しとったんやろ〜???」

誰が言っとったん?

あと、

「なんで板前さんになったん? 子供の頃、料理好きやったん??」 

  

  

今から26年前……

  

中学3年の時、学校から希望の高校を記入する用紙をもらって帰ってきた。

第一希望   姫路工業

第二希望   飾磨工業

当時、車やバイクが好きだった僕は工業高校に行きたかった。

そして将来、自動車メーカーか、整備工場で働くのが夢だった。

  

その当時、僕を育ててくれていたおばさんに、その事を伝えると

「あんたは高校には行かれへん、寮のある就職先を探しなさいな。」

 

あ〜、やっぱし…

もう、勉強をしなくてもいいという解放感と、

将来の不安を感じたのを今でもはっきり覚えている。

   

学校から世話をしてくれる、就職先がたくさん載っている分厚い資料をもらってきた。

やっぱり、自動車関係の仕事など載ってない…

美容、理容師、調理師、大工さん、ペンキ屋さん、紡績会社などなど

ましてや、寮、住み込みで働く仕事となると…

「この中から何を選べばえ〜んや??」

15歳の少年には、ちと、難しすぎた…

   

友達が「俺、調理師学校に行くわ〜」と、言ってきた。

「調理師か〜」

資料に目を通す。

なるほど、当時は料理屋さんの募集がたくさん載っていた。

そのほとんどが住み込み。

この世界には、学歴は関係ないんや?

なぜか、その事だけははっきり分かっていた。

  

おじさん、おばさんに、「おれ、料理屋に就職する。」

またまた激怒!!!

  

「おまえみたいな根性無しに勤まるか〜〜!」

「3か月でけつわるわ〜、板前くずれはろくなやつにならんのや〜」

 

なにを言われても、意志は堅かった。

料理人になりたい、という意志ではない。

「おまえには無理じゃ〜」と言うことに対しての意地。

1985年3月20日、友人2人がお店の前までついてきてくれ、見送ってくれた。

姫路市内にある日本料理のお店、「割烹M」に就職。

   

  続く…


休みのご案内。

9月20日(月曜日)夜のみ営業します。

振替で、9月21日(火曜日)休ませていただきます。

よろしくお願いいたします。 o(_ _)oペコッ

  

だいぶ涼しくなってきました。

なってくれないと困ります…

秋、食欲の秋

  

今日のおススメ

サワラのレンコン蒸し……秋を感じて下さい。

ガシラ……30㎝位あります。お造り、煮つけで!(もちろん前どれ)

サンマ……お造り、塩焼きで。

松茸……土瓶蒸し、1、500円です。(車海老、ハモ、湯葉などが入ってます)

アン肝……冬の味覚!!!

  

酢の物。

今朝は過ごしやすかったです。

でも、このまま秋には向かわないんでしょうね~

今年の猛暑、いろんなところで経済効果があったと聞きます。

逆に、農家の皆さんや漁師さんたちは大変でしょうけど…

以外に?、だったのは「ビアガーデン」

あまりの暑さに、「涼しい場所で飲みたい」と、言うことで

いまいちだったとか。

  

そんな中、今年はスーパーのお惣菜で、「酢の物」が、大変よく売れたそうです。

なっとく

  

「お酢」最近は、たくさんの種類のお酢が売られてます。

今日は、ご家庭で簡単に作れるお酢を紹介します。

 

「土佐酢」と言って、【土佐=かつを】かつをぶしのきいたお酢のことです。

ご家庭ではそこまで気にかける必要はないですが…

割合は

出汁(本出しでもなんでもOK)  3

お酢(米酢)            2

薄口醤油             1

本みりん             1

あと、砂糖を適量(甘い方がお好きな方はたくさん入れて下さい。)

要は、 3,2,1,1と覚えて下さい。

ある程度の料理には使えます。

きゅうりなどの野菜の酢の物、カニ、エビ、シャコのお酢など。

 

野菜で酢の物を作る場合、(たとえばきゅうりの酢の物)

きゅうりを塩でもみ、水で洗いしぼります。

そのまま合わせるといくらよくしぼっても水が出てきて

味が変わります。(水くさくなります)

そこで、よくしぼったきゅうりを生酢で洗い、そしてしぼります。

 

それから、先ほどの土佐酢で合わせてもらうと簡単出来上がり。

お好みで、すり胡麻や練り胡麻、田楽味噌なんかを入れると

料理屋ふうになります。

もちろん、エビやタコを入れると豪華に

  

P1000516

  

一品出来上がり  

小さい秋、見つけました…か?

漫才のネタで、

「8月、暑いな~30℃、9月になったら35℃、10月になったら40℃

超えるで~~」

みたいなネタがありますが、

9月、35℃は異常でしょう

  

でも、季節は秋へと…

松茸やサンマ、キノコを使った料理、

梨のデザート、キリンビールさんからは、「秋味」の予約も。

  

もうすこしの辛抱です、この暑さ。

台風も接近中

  

ひさとでは、料理の方で秋を感じてもらおうと努力しております。

  

P1000022

一年を振り返る。

お店のブログを初めて一年が過ぎた。

まさか自分がブログなんて…と、思ってた。

今では、生活の一部になっている。

ブログを始めた頃は、熱心に料理のことやお店のこと

仕入れた食材の写真なんかをアップしてた。

今では、お店のブログではなく、私のブログになってしまった 

  

この一年間、いろんな事があった。

楽しいこと、つらいこと…、ブログを読み返してみる。

 

もともと文章が苦手な僕がブログ。

まあこんなブログでもたくさんの人に声をかけてもらう。

「ブログ見てますよ~。」

 

これからも長く続けていこうと思う。

たまには人のお役に立てることも書きながら…

   

そういや一年前ブログを始めた頃、やっぱりこんなに暑くなかった。

今年は異常気象だ。

この先の天気予報、

さすがに夏バテしそうだ

夏の思い出。

8月30日~31日、夏休みを頂きまして、

淡路島にキャンプに行ってきた。

キャンプと言ってもテントは張らず、コテージに宿泊。

場所は、南淡路の「じゃのひれオートキャンプ場」

訳があり、先の予定が立てられず一週間前に予約を。

空きはないだろうな~と思いきや、「お風呂なしでよければ空いてます」と。

近くに温泉があるとのことだったので、風呂なしでもOK。

ま、考えてみればクーラー付き、トイレ付、ミニキッチンがあり風呂までついて

キャンプと呼べるのだろうか…。

  

8月30日、

この日は、長男が明石市の病院へ足の故障の定期検診だった。

まあ、それで淡路島にキャンプに行くことになった。

そこからフェリー乗り場まで車で約10分。

P1000494

12時、岩屋に到着。

そこから国道を南下。

途中、洲本で買い出し。

のんびり淡路をドライブ。

夕方、「じゃのひれオートキャンプ場」到着。

かなり広い。

夏休み最後の日だけど、約30棟あるコテージはほぼ満室。

テントスペースもかなり広い。

だが、その日はテントで宿泊される方はいなかった。

P1000508

ベッドを見て、子供たちはテンション

荷物をおろし、まずは車で10分、「ゆーぷる」という温泉へ。

なかなか良いお風呂です。

風呂上がりのサイコ~でした。

   

いよいよBBQ。

P1000500

こんな感じで盛り上がり!

  

あとから気が付いたのだが、虫刺されがひどかった。

虫よけスプレーは必需品です

 

部屋に入ると

P1000509_2

相当二段ベッドが気に行ったよう

  

早朝、釣りに行く予定だったが爆睡。

疲れを取るのが先決…

朝食をとり、早くに出発。

「次男は、もう行くの?」

「また帰ってくるんやろ~~??」

大変気に入ったよう!

また連れて行ってあげるね

 

2日目、

目的は魚釣り、エギングでアオリイカを、と思っていたが、

イカはまだ時期的にちょっと早そう。小さなイカがエギを追っかけてきた。

が、かわいそうなので…

それよりなによりあまりの暑さに釣りは中止。

海水浴に変更。

いつもお世話になる「多賀の浜海水浴場」

海の家「海人」のおっちゃんのところへ。

  

今年は、お盆を過ぎてもたくさんの人だそうで、

この日もにぎわっていた。

地元のおにーさんに、釣りたてのアオリイカをご馳走になったり、

姫路から来られた方と仲良くなったりと

あいかわらずアットホーム

おじさん、おばさん、また来年もヨロシク!

淡路島にはたくさんの温泉があるそう。

帰りに「パルシェ香りの湯」という温泉により、家路に。

  

我が家の夏は終わります。

(まだまだ暑いですが…)

  

今回、けっこう適当に、そして行き当たりばったり的な旅?

だったけど、

やはり、アウトドアは子供が大変喜んでくれます。

そして、大人は(親は)上手にやりくりすればかなりリーズナブルに

(アウトドウア用品があれば!、なくてもレンタルがあります。)

夏休み、子供が休みと言う事でキャンプは多いですが、

本当は、春、秋がおススメ。

これから良い季節になります。

家も、お泊まりは難しいけどまたどこかの海で

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