次の日の朝、先輩に連れられて
当たり前のように8時半に出勤……
え、10時からちゃうの???
たしか労働時間は10時から19時までの8時間(1時間休憩)のはず……
この業界では、労働基準なんかあってないようなもの。
もちろん、2日目から閉店までお仕事。
夜7時になっても社長は声をかけてくれない。
それどころか、出勤時間8時半は、あくまで定時。
婚礼シーズンの土日なんかは、朝4時、五時起きなんてあたりまえ!
そら、みんな逃げ出すわ~~…
でも、なぜか僕は居心地がよかった。
逃げ出したいとか、やめたい、という気持ちになったことはなかった。
帰る家がない、というのもあったが、
車好きだった僕は、同期の高卒の先輩たちと車の話をするのが楽しかった。
それだけではなく、土曜日の夜になると、神戸の当時走り屋さんたちが集まる場所に
よく連れて行ってくれた。
大人と十分車の話が出来るほど知識があった僕は、先輩たちに大変可愛がられた。
仕事はと言うと、とにかく掃除。
朝から晩まで掃除、かたずけ、洗い物、掃除、ゴミだし、掃除。
すこし慣れてくると、出前、桶下げ、まかない(板場の食事)の買い物。
でも、まったく包丁を触らせてくれない訳でもなかった。
野菜の皮むきや、野菜のヘタをきざんだり。
胡瓜や人参のカツラむきは意外と早くおぼえた。
食事についてすこし話そう。
はっきり言って、とんでもなかった……
朝ごはん、大きな鍋に味噌汁が作ってある。それだけ。
まあ、ないよりましだし、ご飯と味噌汁があれば立派な朝食。
だが、朝ごはんの時間は設けてなく、手のあいた人から食べていくというシステム。
もちろん、上の人が食べないと僕らシタッパは食べれない。
15歳の食べ盛り、朝食にありつけることはめったになかった。
洗い場のおばちゃんが、たまにおにぎりを作ってくれて、
それを隠れて食べるのが最高だった。
朝早く出勤した時は、(4時とか5時出) カップラーメンが出てくる。
まず、麺を食べ、残ったお汁にご飯を山盛りいれてかっこむ。
最高のご馳走!
先輩たちがラーメンを食べ終わるまでにご飯まで食べていた。
昼ごはん、おかずはたいてい一品。
それも、え!、というような粗末なもの。
た~~んまに、トンカツの時がある。
でも、パン粉をつけるのに卵を使わず、小麦粉だけでパン粉をつけるので
めちゃめちゃかたいトンカツ。
そのうえ、ソース、ケチャップ、マヨネーズは使用禁止!
(在庫は山ほど置いてありますが…)
おかずがなんであれ、つかえる調味料は醤油のみ。
それでも、トンカツの日はうれしかったな~~。
上の人たちは、家からノリの佃煮とか漬物、色々持ってきてたみたいだった。
夜ごはん、
夕方になると、僕が社長から1、000円もらって買い物に。
夜ごはんは、寮にいる10名分だ。
10人分で1,000円、すなわち一人100円。
野菜のくずを使い、毎晩おかずを考えてた。
まあ、こんな感じで僕の板場の修業(雑用)はスタートした。
今から思えば、最初のころは怒られることもなかった。
たぶん、だれも僕が続くとは思ってなかったんだろう。
すなわち、期待もされず相手にもしてなかったという事。
一人を除いては…
続く…
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